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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)50号 判決

東京都新宿区西新宿2丁目1番1号

原告

三和シャッター工業株式会社

同代表者代表取締役

高山俊隆

同訴訟代理人弁理士

稲葉昭治

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

麻生渡

同指定代理人

伊藤晴子

青木良雄

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

「特許庁が平成3年審判第1864号事件について平成5年1月28日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決

2  被告

主文と同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年7月10日、意匠に係る物品を「建物用窓シャッターのガイドレール下地枠材」とする別紙1に示すとおりの意匠(以下「本願意匠」という。)について意匠登録出願(昭和60年意匠登録願第29551号)をしたところ、平成3年1月19日、拒絶査定を受けたので、同年2月14日、これを不服として審判の請求をし、平成3年審判第1864号事件として審理された結果、平成5年1月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年3月24日、原告に送達された。

2  審決の理由の要点

(1)  本願意匠に係る物品及び形態は前項記載のとおりである。

これに対し、昭和59年実用新案出願公開第96294号公報(考案の名称「窓シャッターの取付装置」)の第5図〈3〉に示された意匠(以下「引用意匠」という。)の意匠に係る物品はいわゆる「窓シャッターのガイドレール下地枠材」であり、形態を別紙2に示すとおりとしたものである。

(2)  そこで、本願意匠と引用意匠とを比較すると、両意匠は、意匠に係る物品が共通するものである。

形態については、全体を肉薄状に一体に成形し、長手方向に連続する長尺材であって、その長手方向に対する切断端面形状(本願意匠では右90°回転した平面図、引用意匠では5図〈3〉の上半分の下地枠材を対象とする。)は、基部を、開口部を下方に有する略倒コ字形状としたものであり、その右側辺部において、その略中間部から下端部までを内方に向けて段差状に窪ませているガイドレール取付片を設け、また左側辺部において、その下端部内方にガイドレール係合片を突設して形成した基本的構成態様と認められる点が共通するものである。

一方、相違点としては、各部の具体的態様のうち、〈1〉右側辺部において、本願意匠は、その上端部から右下方に曲折して小さな倒L字状のめくら板係止片を設けているのに対して、引用意匠にはそれが存在しない点、〈2〉ガイドレール係合片について、本願意匠はその下端部近くから内下方に湾曲した小さな弧状片であるのに対し、引用意匠は内方に直角に曲折した小さな突状片である点、〈3〉基部略倒コ字形状の上辺部において、本願意匠は左方にわずかな余地部を残して段落状凹部とし、更にその凹部下面に等間隔で極小三角形きざみ3個を設けているのに対し、引用意匠は、それらが存在しない点において相違するものである。

(3)  そこで、両意匠の形態上の共通点及び相違点を総合して検討すると、両意匠が共通する全体の基本的構成態様は、両意匠の形態上の基調を顕著に表出しているところであって、その結果、看者に対し両意匠の共通感をもたらすものであるから、両意匠の類否を決定する支配的要部と認められる。

これに対し、両意匠において相違する〈1〉のめくら板係止片の有無がもたらす差異は、その係止片自体が小さな倒L字形というこの物品分野ではさして目新しい形状でもないこと、更にその突設場所も右側辺部先端という限られた部位に属し、たとえ、請求人(原告)が主張するように取付ネジを覆うための機能的効果を使用時に有するとしても、下地枠材に限定して観た場合、前記の効果が外観に及ぼす影響は小さいものであるから、意匠全体から観れば局部的な付加的変更の域を出ないもので軽微な差異に止まり、いまだ類否判断を左右する程のものに至っていない。

〈2〉のガイドレールの係合片の形状の差異については、確かにその差異は視認されるものの、弧状にしろ、突状にしろ、いずれの形状も取り立てて特徴ある形状として評価できるものでなく、しかもそれが左側辺部の先端部という限られた部位における小さな突片の形状の差異であることから、いまだ両者の類否判断への影響は小さいものというほかない。

〈3〉の上辺部にみられる差異については、凹面部も三角形きざみも建物側もしくは下地枠材内側の比較的目立たない部位であること、しかも凹部の度合いが極めて浅いこと、三角形きざみも視覚的に極小の溝であることを加味すると類否判断への影響は殆どないものというほかない。

そして、これらの相違点を総合しても、両意匠の共通点を凌駕して別異の意匠を構成するほど顕著なものでなく、両意匠の類否の判断に重要な影響を及ぼすものであるとはいい難い。

以上述べたとおりであって、両意匠は、意匠に係る物品が共通し、形態においても、形態上の基調を顕著に表出し類否を左右する支配的要部が共通するのに対し、相違点はいまだ両意匠の基調を打破するまでには至っていないものであるから、結局、両意匠は全体として類似するものというほかない。

(4)  したがって、本願意匠は、その出願前に公開された前記実用新案公開公報に記載された引用意匠に類似し、意匠法3条1項3号に該当するので、登録を受けることができない。

3  審決の取消事由

本願意匠及び引用意匠の意匠に係る物品及び形態が審決認定のとおりであること、両意匠の基本的構成態様が審決認定のとおりであり、その点で両意匠は共通すること、両意匠の具体的構成態様に審決認定の相違点のあること(なお、本願意匠のめくら板係止片等その具体的構成態様に係る部分を「小さな」、「わずかな」、「極小」と認定している点は争う。)は認めるが、審決の両意匠の基本的構成態様が意匠の支配的要部であるとの認定及び両意匠が類似するとの判断は争う。

審決は、両意匠の基本的構成態様が意匠の支配的要部であると誤って認定するとともに、本願意匠は引用意匠に改良を施したものであって、両意匠の具体的構成態様における相違点として認定した部分に機能的差異があり、それが看者の注意を引いて異なった美感を与えることを看過し、もって両意匠は類似であると誤って判断したものであり、違法であるから、取り消されるべきである。

(1)  意匠の支配的要部について

審決は、両意匠の基本的構成態様が両意匠の類否を決定する支配的要部であると認定している。

しかし、審決が基本的構成態様として認定した態様は、両意匠のみに共通するものではなく、甲第3号証の第6図、甲第4号証の参考図、甲第5号証の第4図、甲第6号証の参考図、甲第7号証の第2図、第3図、甲第8号証の参考図に示されているところから明らかなとおり、この種ガイドレール下地枠材の普遍的な構成態様であり、機能的に要請される物品固有の態様にすぎないものである。

そして、この種物品に係る意匠の創作は、このような普遍的な構成態様を用いながら、それとの対比において意匠的に外観を改善、変更して具現するという段階にきているものであるから、両意匠の類否を決定する要部は基本的構成態様にはなく、両意匠に係る物品がガイドレール下地枠材であることからして、ガイドレールとの係合関係などの物品の用途、機能について表現した具体的構成態様に存するものである。

したがって、審決の両意匠の支配的要部についての認定は誤りである。

(2)  具体的構成態様の相違点がもたらす美感の差異について

審決は、更に下記〈1〉ないし〈3〉のとおり、両意匠の類否判断において、両意匠の具体的構成態様の相違点についての機能的差異がもたらす美感の差異を看過したものである。

なお、本願意匠の創作の経緯は次のとおりである。

従来品である引用意匠(これも原告の出願に係るものである。)のガイドレール下地枠材は、平滑面の躯体にビスで締付け固定すると、その上辺部が平滑面となっており、かつ長尺材であるため、所定ピッチのビス止め部の締付応力によって、上辺部の両端縁が躯体の取付面から若干遊離するように湾曲歪みを生じ、この湾曲歪みがそのまま左側辺部と右側辺部に波及して、内方に変形する部分が生じてしまうという欠陥のある形態であった。

そのため、ガイドレールを取り付ける際、下地枠材の係合片(突状片)とガイドレールの係合片との係合がうまくいかず、取付けづらいという問題点があったことから、形状的な工夫をこらして創作したのが本願意匠である。

このような創作の経緯をふまえると、本願意匠が引用意匠の形状変更を行ったことによる美感の特徴的差異が類否判断の要素となるものである。

そして、その美感は、看者たる一般需要者、すなわち、その種ガイドレール下地枠材を購入するシャッターの取付請負業者、建売住宅供給業者、一般工務店の取引者の立場から判断されるべきものである。

〈1〉 めくら板係止片がもたらす美感の差異について

審決は、本願意匠が引用意匠にはないめくら板係止片を設けた点について、その摘示の理由により、意匠全体からみれば局部的な付加的変更の域を出ないもので軽微な差異に止まり、いまだ類否判断を左右する程のものではないと判断しているが、誤りである。

先ず、審決は、めくら板係止片がこの物品分野ではさして目新しい形状ではないことを根拠として挙げているが、これは、引用意匠とは無関係に、部分的に周知なモチーフに基づいて意匠の類否を判断するものであり、引用意匠との対比において、一般需要者の立場からみた美感の類否を論ずるものではなく、失当である。

なお、被告は、乙第1号証ないし第19号証を提出して、このめくら板係止片等の形状、機能が本件出願前周知のものであることを立証しようとするが、これらに記載された物品はいずれもシャッターのガイドレール下地枠材ではなく、本願意匠や引用意匠に係る物品とは異なるものである。

また、審決は、めくら板係止片の突設場所が右側辺部先端という限られた部位に属し、外観に及ぼす影響は小さいことを挙げているが、本願意匠のめくら板係止片は、上辺部における段落状凹部の左方余地部との相関関係で躯体への取付面としての右方余地部を形成しているものであるから、引用意匠と対比するに当たっては、引用意匠の取付面の構成態様と対比する必要がある。

そのような観点から両意匠をみると、引用意匠の躯体への取付面は平滑面となっていることから、前述した、ビス止め部の締付応力により両端縁が躯体の取付面から遊離し、ガイドレールと係合しづらくなるという問題点が生じる外観を呈しているのに対し、本願意匠においては、段落状凹部を挟んで、基部横幅のそれぞれ1割5分の幅の左右の余地部が躯体への当接面となっており、取付面の両端縁に生ずる湾曲歪みが左側辺分と右側辺分に波及しないよう形状的な工夫がなされた外観を呈している。

更に、その右方余地部は、基部横幅との関係で1割強の割合で突出しためくら板係止片としての機能も有するものである。

なお、審決は、このめくら板係止片を「小さな」倒L字形と認定しているが、この機能を考慮すると、けっしてこれを「小さな」ものということはできない。

そうしてみると、本願意匠の段落状凹部を挟んで形成された左右の余地部からなる取付面及び右方余地部によりめくら板係止片が形成された構成態様と、引用意匠の単なる平滑な取付面のみの構成態様との間には明確な相違点が存するのであり、これが大きな美感の相違となって表れるものである。

この美感の差異は、看者たるこの種物品の一般需要者が見逃すはずはなく、一般需要者はそのような細部まで見極めて購入の意思決定を行うものであるから、以上の点は、類否判断を左右する重要な要素となるものである。

審決は、以上の点を看過し、もって前記の判断をしたものであり、その判断は誤りである。

〈2〉 ガイドレール係合片がもたらす美感の差異について

審決は、その摘示の理由により、両意匠のガイドレール係合片の形状の差異が両意匠の類否判断へ与える影響は小さいと判断している。

しかし、この判断は、両意匠のガイドレール係合片の形状の差異を、両意匠に係る物品がシャッターのガイドレールを取り付けるための下地枠材であるという物品の使用目的との観点から評価していないものであり、誤りである。

両意匠のガイドレール係合片に係る構成態様は、本願意匠では、右側辺部の長さよりも2割強の割合で突出した左側辺部に、横幅との関係で一割強の突出幅をもって弧状のガイドレール係合片を形成し、かつ、左側辺部の先端部に、ガイドレール位置決め用の段差部を形成したものであるのに対し、引用意匠では、左側辺部の先端をL字状に折曲した突状のガイドレール係合片を形成し、かつ左側辺部の長さは右側辺部の長さと同一となっているという点で相違している。

引用意匠は、躯体への取付面が平滑面状となっていることから、湾曲歪みが左側辺部に波及した際に、ガイドレール係合片が突状であるため、歪みの影響を受けて長尺なガイドレールとの係合ができる部位とできない部位とが生じ、取り付けづらいという形状のものであるのに対し、本願意匠では、長尺なガイドレールであっても、係合片を弧状にしたことにより、回動させて取付けができるという形状のものであり、その機能的特徴が美感の差異となって表れる。

このような機能の相違は、この種物品の一般的需要者の最も注目するところであり、そこから生ずる美感の差異は、意匠の類否を左右する重要な要素となるものである。

審決の前記判断は、このような両意匠のガイドレール係合片の機能の相違から生ずる美感の差異を看過してされたものであり、誤りである。

〈3〉 上辺部の形状がもたらす美感の差異について

審決は、その摘示の理由で、両意匠の上辺部にみられる形状の差異についても、類否判断への影響は殆どない旨判断しているが、この判断も上辺部のもつ機能との関係を考慮することなくされたものであり、誤りである。

両意匠の上辺部が躯体に対する取付面となっているが、その形状、機能の違いは前記〈1〉で述べたとおりである。

更に、本願意匠の三角形きざみは、別紙1の右側面図から明らかなように、上下方向に凹溝として3本鮮明に表れているが(審決は、これを「極小の」溝と認定するが、誤りである。)、これは、ビス止めをする位置の目印であるとともに、現場で下地枠材を取り付ける際のビスの先端部のすべり止めとしての機能を有するものであり、かつ3ケ所に設けられているので、現場の情況によって選択使用可能な態様が更に施されている。

看者はそのような取付け易さの観点から三角形きざみの有無を識別するから、そのような加工が施されていない引用意匠とは取付面としての美感が大きく異なるものである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1、2は認める。

2  同3は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

(1)  意匠の支配的要部について

原告提出の甲第4号証ないし第8号証に表れた意匠は、両意匠の基本的構成態様がこの種物品に普遍的な構成態様であるとする原告主張の根拠とはならない。

審決がいう「略倒コ字形状」とは、若干の変形や微小な付加的部分のために、厳密なコ字形とはいい難いものの、なお、コ字としてのまとまり、統一感を有する形状を横倒させた態様のものをいうものである。

一方、甲第4号証ないし第8号証に表れた下地枠材の態様は、字体に係わる骨格部分ともいうべき「略倒コ字形状」の上辺部に小さいとはいえない段差があるか、又は「略倒コ字形状」としての印象、統一感に変更をもたらすような小さくはない突片の付加、延長があり、そのため、いずれも、もはや「略倒コ字形状」という範疇を逸脱した別異の態様といわざるをえないものである。

本件出願前のこの種のガイドレール下地枠材の公知の態様は、原告が挙げたもの以外にも種々の態様があり、両意匠は、そうした態様の中にあって、いずれの態様とも基本的構成態様において異なるものであり、比較的シンプルな形態であるが、それが両意匠の形態の大部分を占め、全体の基調を顕著に表しているところであるから、決して原告の主張するような普遍的構成態様であって評価に値しないものとはいいきれず、いまだその基本的構成態様は意匠の支配的要部として評価されて然るべきものである。

仮に、審決の認定した基本的構成態様が原告の主張するとおり周知の態様であったとしても、その態様が決して意匠の支配的要部になり得ないものではなく、周知の態様でない場合に比べその余の部分との関係でその意匠的価値に対する評価が相対的に低下するにすぎないものである。

そして、審決が判断したとおり、具体的構成態様に係る相違点に評価すべきものがない場合、やはりその基本的構成態様が全体の基調を表しているところとなり、この点が類否判断を左右する支配的要部となるものである。

したがって、審決の両意匠の支配的要部の認定に誤りはない。

(2)  具体的構成態様の相違点がもたらす美感の差異について

原告は、両意匠の類否の判断において、具体的構成態様に係る相違点がもたらす機能の差異を重視して評価している。

しかし、意匠の類否の判断は、原告が主張するように、機能を第一義的に捉えるのではなく、それらの作用効果をも勘案し、総合して意匠全体の外観形態が看者に与える印象の類否を判断すべきものである。

本願意匠は、引用意匠と比較して部分的に小さな機能的変更がされているが、その機能が新規性を有し、しかも、形態に顕著な影響を与え、全体の印象に変更をもたらすならば、意匠の美感を左右するものとなり、その段階で初めて意匠上の評価がなされるものである。

また、類否判断の主体(看者)も、原告が主張するような特定の専門的取引者のみに限定せず、施工取付に至る前の一般流通業者及び末端需要者等をも含めることが相当である。

〈1〉 めくら板係止片がもたらす美感の差異について

本願意匠のめくら板係止片を小さな倒L字形とすることは、乙第13号証第1図及び第2図中の5で示すように、本件出願前より普通にみられるものであり、審決が説示するように、この物品分野ではさして目新しい形状ではない。

また、躯体への取付面に凹部を設けて湾曲防止効果をもたせることは、乙第1号証及び乙第14号証のものが、取付面の両端に突片を設けて原告の主張するところと同様の効果を持たせていることから明らかなとおり、本件出願前より普通に行われていることであって、新規性に欠けるものであり、本願意匠独自の特徴とはいえない。

以上のことに、めくら板係止片の突設場所を考えれば、審決の〈1〉の判断に誤りはない。

〈2〉 ガイドレール係合片がもたらす美感の差異について

本願意匠のガイドレール係合片の弧状は乙第8号証正面図及び乙第15号証第2図中の6で、引用意匠のガイドレールの突状は乙第16号証第1図ないし第3図中の8でそれぞれ示されているように、いずれもこの種物品分野では普通にみられる形状であるから、審決が取り立てて特徴ある形状として評価できるものではないと判断した点に誤りはない。

原告は、本願意匠がガイドレール係合片を弧状にしたことにより回動取付けができる旨主張するが、その回動取付方法も、乙第8号証X-X拡大断面図及び乙第15号証ないし第17号証に示すように、本願意匠の属する建築部材の分野において、既に普通に知られた方法であり、この方法に基づき、本願意匠のように形状を変更することは、この種物品分野に携わる者にあっては容易である。

このように、本願意匠のガイドレール係合片の形状も取付方法も本件出願前よりありふれたものであり、新規性に乏しく、本願意匠の特徴ともいえないものであり、意匠全体として観た場合には、これが、左側辺部の先端部という限られた部位における小さな突片の形状の差異であることから、いまだ両者の類否判断への影響は小さいものである。

また、左側辺部の下端部の小さな段差部は、嵌合機能としては極めてありふれたもので、単に段差状に切欠しているにすぎず、それも極めて小さいものであるから、類否判断に影響はない。

したがって、審決が〈2〉において示した判断に誤りはない。

〈3〉 上辺部の形状がもたらす美感の差異について

原告の主張する両意匠の上辺部の形状及び機能の差異については、前記〈1〉で述べたとおり、本件出願前に周知のものである。

また、三角形きざみについても、乙第18号証及び第19号証で示すとおり、本件出願前、この種物品分野では周知のありふれた態様であり、また、それが微細な形状であることから、意匠的に評価できないものである。

したがって、審決が〈3〉で示した判断に誤りはない。

(3)  以上のとおり、両意匠の具体的構成態様の各部の差異点について、その形状及び機能の両側面から検討しても、いずれもこの種物品分野では本件出願前より既に知られた手法及び普通にみられるありふれた態様のもので、新規性を欠き、また本願意匠の特徴でもなく、意匠的価値も低いことから、意匠全体にもたらす影響は小さく、いまだ両意匠が共通するところの基本的構成態様が形成する共通した印象に著しい影響を与え、類否判断を左右する程のものには至っていない。

この種物品分野の取引者であっても、機能的効果が外観形態に顕著な変形をもたらすまでに至らない微弱な各部の形状の差異から、簡単容易にそれらの差異点を理解、把握し、その別を判断することは極めて至難なことといえる。

つまり、それらの各部の差異点は、実際に購入使用する段階で、他部材との適合のためのそのサイズ、形状、機能等の細部を点検するときに初めて気付くものが多く、通常においては目立たない微細な差異に止まるものである。

そして、それらの微細な差異点は、いずれも基本的構成態様に係わる小さな付加的バリエーションの域を出ないことから、看者には、略倒コ字形タイプの下地枠材としての基本的構成態様が形成する基調が、強い共通した印象を与え、その共通感の中に埋没してしまうものである。

以上のことからすると、両意匠は類似というべきであるから、審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

また、両意匠の基本的構成態様が審決認定のとおりであり、その点で両意匠は共通すること及び両意匠の具体的構成態様に審決認定の相違点があることは、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  両意匠の支配的要部について

両意匠が審決認定の基本的構成態様の点で共通することは当事者間に争いがないが、原告は、この基本的構成態様はガイドレール下地枠材の普遍的な構成態様であるとして、審決がこれが意匠の類否を決定する支配的要部であると認定したことの誤りをいう。

原告は、その根拠として、引用意匠の他、いずれも成立に争いがない甲第4号証ないし第8号証の意匠公報や実用新案出願公開公報(いずれも本件出願前の発行に係るものである。)に記載されたガイドレール下地枠材を挙げる。

甲第6号証の意匠公報に記載された意匠は、窓用シャッターのガイドレールの下地枠材に係るものであり、その形態を別紙3で示すとおりとしたものであることが認められる。

甲第4号証及び甲第8号証の各意匠公報に記載された意匠は、窓用シャッターのガイドレールに係るものであるが、甲第4号証の参考図及び甲第8号証の使用状態を示す参考図に別紙3で示すのとほぼ同一の形態のガイドレール下地枠材が記載されていることが認められる。

また、甲第7号証の実用新案出願公開公報はシャッター用レールの考案に係るものであるが、その平断面図に別紙3に示すのとほぼ同一の形態のガイドレール下地枠材が記載されていることが認められる。

なお、甲第4号証、第6号証ないし第8号証によれば、以上の意匠、考案は、いずれもトーヨーサッシ株式会社という同一の出願人の出願に係るものであることが認められる。

甲第5号証の実用新案出願公開公報はナショナル住宅建材株式会社出願のシャッターケースの換気装置に係る考案に係るものであるが、実施例の水平断面図に別紙4に示す形態のガイドレール下地枠材が記載されていることが認められる。

別紙3のガイドレール下地枠材は、右側面図に記載されたものを180°回転させ、躯体への取付け側を上辺部として表すと、左右両側辺部の長さ及び上辺部のうち左右両側辺部と接続している部分の長さはほぼ同一で、その上辺部の右側に約2割、左側に約3割の長さの取付部が突出している。そして、右側辺部の下端に突状のガイドレール係合片(これは引用意匠のものに比しかなり長い。)が、左側辺部の略中間部から下端までを段差状に窪ませたガイドレール取付片がそれぞれ設けられている。

別紙4のガイドレール下地枠材は、やや明確を欠くが、引用意匠の上辺部を凸状にしている他、引用意匠の形状とそれほど異ならないと認められる。

以上のガイドレール下地枠材は、その躯体への取付面(上辺部)の形態は、本願意匠や引用意匠とは異なるが、いずれも、略倒コ字形状のものといえなくはなく、また、左右両側辺の何れかの下端にガイドレール取付片、他方の下端にガイドレール係合片を有するものであり、この点で本願意匠や引用意匠と共通している。

ガイドレール下地枠材の形態は、それを取り付ける躯体やガイドレールの形態自体によって変わってくるものであり、物品固有の必然的な形態というものがあるとは考えられない。

しかし、前認定のとおり、甲第4号証、第6号証ないし第8号証に記載されたものは、いずれもトーヨーサッシ株式会社という同一の出願人の出願に係るものではあるが、他にナショナル住宅建材株式会社出願に係る甲第5号証のものもあり、また成立に争いのない甲第3号証によれば、引用意匠を記載した審決摘示の昭和59年実用新案出願公開第96294号公報に係る考案は、以上の出願人とは別の原告の出願に係るものであることが認められることからすると、本願意匠や引用意匠の基本的構成態様は、本件出願時において、少なくとも格別目新しい形態ではないということができる。

しかし、意匠を構成するある部分が格別目新しい形態でないからといって、当然にそれが意匠の類否を左右する支配的要部となり得ないうことはできない。

意匠の支配的要部は、当該意匠のうち看者の注意を最も強く引く部分である。

その部分の判定は、意匠が特定の用途、機能をもつ物品に係るものであることから、原告が主張するように、その物品全体又はそれを構成する各部分の機能を無視することはできないが、それだけではなく、意匠全体の中で各部分が占める位置や大きさ等を含め、その意匠全体を観察して判定されるべきものであり、ある意匠の基本的骨格をなす部分が格別新規な形態ではないとしても、他の部分もまた格別の新規性はなく、又は小さく目立たないものである等のことから、看者は、その基本的骨格部分に注目し、その印象を最も強く受けるという場合、その基本的骨格の部分が意匠の要部となるということもあり得るものである。

本件の場合、類否判断の主体となる看者は、意匠に係る物品の性質、用途等に照らし、この種物品の取引に関与する業者(流通業者、取付請負業者等を含む。)であると認められるが、これらの看者が物品の形態から受ける美感としては、本願意匠や引用意匠の基本的構成態様は意匠の基本的骨格を形成するものであり、その位置、大きさ等に鑑みると、それが格別目新しい形状ではないとしても、審決が説示しているように、意匠の形態上の基調を顕著に表出しているものとして最も強く印象付けられるものというべきである。

したがって、審決が両意匠の基本的構成態様が両意匠の支配的要部であると認定したことを直ちに誤りということはできない。

そして、意匠のある部分を支配的要部と認定しても、その類否判断に与える影響の強弱は一様ではなく、類否の判断は、その他の部分の与える美感とを併せて総合的に評価されるべきものであり、両意匠の基本的構成態様が目新しい形状ではないという点は、具体的構成態様の差異点が与える美感を含めた全体的な判断において評価すれば足りるものである。

審決も、両意匠の基本雨構成態様が支配的要部であり、それが両意匠に共通することをもって直ちに両意匠が類似すると判断しているものではなく、具体的構成態様の相違点が与える美感をそれぞれ判断し、それらを総合して両意匠の類否の判断をしていることは、審決の理由の要点から明らかである。

したがって、審決の両意匠の支配的要部の認定の誤りを理由に審決の類否の判断の誤りをいう原告の主張は理由がないものというべきである。

2  具体的構成態様の相違点がもたらす美感の差異について

(1)  めくら板係止片がもたらす美感の差異について

原告は、審決が、本願意匠のめくら板係止片の形状が周知の形状であるとして、これが両意匠の類否判断に影響しない旨判断したのは、引用意匠と対比して美感の類否を判断したことにならない旨主張する。

しかし、意匠を構成するある部分の形状が当該物品の形状として周知のものである場合は、そうでない場合に比して看者の注意を引き難く、また、その印象に残り難いことのあることはいうまでもない。

したがって、両意匠を対比してその類否を判断する場合において、その相違点に係る構成が周知の構成のものか否かを考慮することは当然である。

なお、原告がめくら板係止片の倒L字形という形状がこの種の物品分野で目新しいものでないという審決の認定自体を争うものか否かは判然としない。

しかし、成立に争いのない乙第13号証は、考案の名称を「シャッター用ガイドレール」とする原告出願に係る昭和51年実用新案出願公告公報であるが、その第1図ないし第4図に、シャッター用ガイドレールの開口した案内溝の反対側に小さなL字型のめくら板係止片が記載されていることが認められる。

これはシャッター用ガイドレールに係るもので、厳密にいえば、両意匠のシャッター用ガイドレールの下地枠材とは物品を異にするが、一般に、ガイドレールとガイドレール下地枠材とはセットとなり、両者があいまって初めてシャッターの取付けが可能となるような密接な関係があるのであるから、両者は、物品分野を同じくするものとみて何ら差し支えない。

したがって、審決が本願意匠のめくら板係止片の形状がその物品分野ではさして目新しい形状ではない旨認定し、かつ、そのことを類否判断において考慮したことに何らの誤りはない。

また、原告は、本願意匠のめくら板係止片の躯体への当接面としての機能等を挙げて、引用意匠との美感の差異を主張する。

本願意匠のめくら板係止片の形状、位置その他上辺部の形状をみれば、原告主張のとおり、めくら板係止片の上部が左側の余地部とともに、段落状凹部を挟んで躯体への当接面となっていること、その形状は、取付面の両端縁に生ずる湾曲歪みが左右両辺部には波及しないように工夫したものであることを認めることができる。

このように、本願意匠のめくら板係止片は、取付ネジを覆って見栄えを良くするというその本来の機能のほか、躯体への当接面としての機能をも有するものであるが、ガイドレール下地枠材の躯体に面する部分(上辺部)の全部又は一部が躯体への当接面となることは当然のことであり、そのことから生じる美感の差異を強調することはできない。

そして、段落状凹部を挟んで左右余地部が当接面となることにより原告主張のような効果が奏されるとしても、その段差状凹部は長尺材の厚みの約半分程度窪んでいるにすぎず、殆ど目立たないものである。

更に、成立に争いのない乙第1号証によれば、昭和49年実用新案出願公開第104936号公報の第2図には、上辺部の左右両端が躯体への当接面となり、中央部分が窪んだ形態のガイドレール下地枠材が描かれていることが認められ、また、別紙3のガイドレール下地枠材の上辺部もまた同様の形態になっていることから明らかなとおり、ガイドレール下地枠材の上辺部の左右両端が躯体への当接面となり、中央部分を窪ませることにより、原告主張のような効果をもたせることは、本件出願前に周知のことであると認められる。

以上の点に加え、審決が認定しているように、本願意匠のめくら板係止片は基本的構成態様の略倒コ字状の基本骨格の部分に比して小さいものであり(右方向に上辺部の約2割、下方向に右側辺部の約1割の長さ)、それが右上隅という限られた位置にあることからすれば、看者にそれほど強い印象を与えるものではない。

したがって、原告が強調するめくら板係止片の機能や上辺部全体の形態についての主張を十分考慮に入れても、なお、その有無が類否判断に与える影響は小さいものというべきである。

したがって、審決の〈1〉の判断に誤りはない。

(2)  ガイドレール係合片の形状の差異がもたらす美感の差異について

原告は、両意匠のガイドレール係合片の機能上の差異を挙げて、審決が両意匠のガイドレール係合片の形状の差異が類否判断に与える影響は小さい旨判断したことの誤りをいう。

本願意匠のガイドレール係合片の形状は弧状で、かつ、左側辺部(これは右側辺部より1割強長いものであるが、全体的にみて、それほど長さが異なっているとの印象を与えるものではない。)の先端部にガイドレール位置決め用の段差部を形成したものであるのに対し、引用意匠のガイドレール係合片は左側辺部(これは右側辺部と同一の長さである。)の先端をL字状に折曲したものであり、かつガイドレール位置決め用の段差部がないという差異がある。

原告は、両意匠のガイドレール係合片の形状等の相違から本願意匠のガイドレール下地枠材は、ガイドレール位置決め用段差部を支点としてガイドレールを回動させて取付けができるの対し、引用意匠のガイドレール下地枠材は、単にガイドレールを右側方向からの差し込みにより取付けができるにすぎないという機能上の差異があり、看者に異なった美感を与える旨主張する。

確かに、本願意匠のガイドレール係合片は原告主張のような回動取付けができるよう工夫したものであることは認められるが、本願意匠にあっても、右側方向から差し込みにより取付けをすることができることは勿論可能であり、また、引用意匠もガイドレール側のガイドレール係合片を下地枠材のガイドレール係合片に緩く差し込み、その部分を支点としてガイドレールを回動させて取り付けることも可能であると認められ、現実の取付作業において、取付方法が原告主張のように截然と区別されるとは考えられず、したがって、また、看者が当然に、原告主張のようにガイドレール係合片の形状の違いからその取付方法の違いに注目し、これが美感の顕著な差異として印象付けられるとはいえないものである。

そして、成立に争いのない乙第8号証によれば、昭和59年8月1日発行の意匠公報には、風除室用屋根板保持枠の下端を回動取付け用に弧状にした意匠が記載されており、また、成立に争いのない乙第15号証によれば、昭和58年実用新案出願公開第172646号公報には、円弧状の舌片を回動して連結する構造のデッキ材連結構造が記載されていることが認めらる。

これらの物品は、建築部材とはいえ、本願意匠等のガイドレール下地枠材そのものとは異なることはいうまでもない。

しかし、このような回動取付け方法は建築部材について周知のものであり、この方法をガイドレールのガイドレール下地枠材への取付け方法に用いたとしても、看者に対し、格別目新しい印象を与えるものではない。

また、両意匠のガイドレール係合片は、意匠の骨格をなす略倒コ字形状の部分に比して小さなものであり、本願意匠のガイドレール位置決め用段差部は更に小さく、殆ど目立たないものである。

以上のことからすると、ガイドレール係合片の形状の差異がもたらす美感の差異は僅かなものであり、これが両意匠の類否判断に与える影響は小さいものというべきである。

したがって、審決の〈2〉の判断に誤りはない。

(3)  上辺部の形状がもたらす美感の差異について

原告は、本願意匠の上辺部は段落状凹部を挟んで左右に余地部を設け、かつ右余地部がめくら板係止片を構成しているのに対し、引用意匠の上辺部はそのような構成となっていないという両意匠の相違点からくる美感の差異を主張するが、その点がそれほど意匠的に評価できるものでなく、類否判断への影響が小さいことは前記(1)のとおりである。

そして、本願意匠が設けた3箇所の三角形きざみについても、その溝は幅が狭い上、浅いものであって、平面又は底面からみたときは容易には気が付かない程度のものである。

右側面図には、3本の溝が3本線(両端を表す線2本と溝の底部を表す線1本)をもって明確に描かれているが、これは、限られた幅の中に複数の線を描いたことから、図面上は鮮明な印象を与えるが、現実の物品としてみた場合、溝の幅及び深さからして、看者は、図面から受ける程強い印象を受けるとは考えられない。

そして、成立に争いのない乙第18号証によれば、昭和55年3月26日発行の意匠公報には、室内間仕切等に使用する縦枠部材たる型材に、成立に争いのない乙第19号証によれば、昭和53年7月28日発行の意匠公報には、窓等の額縁たる型材に、それぞれネジ止め用の三角溝が記載されていることが認められ、本願意匠の三角形きざみは、本件出願前から周知のものであったことが認められる。

前記乙号各証に記載された意匠に係る物品は、ガイドレール用下地枠材ではないが、ともに建物に関する建築部材として共通しているものであり、シャッターを取り付ける業者等両意匠の看者というべき者にとって周知のものである。

したがって、本願意匠の三角形きざみは、何ら看者の注意を強く引くものではなく、意匠的に評価が低いものというべきである。

以上のことからすると、審決の〈3〉の判断に誤りはないというべきである。

(4)  意匠の類否の全体的判断

以上のとおり、審決の具体的構成態様の相違点が類否判断に与える影響についてした各判断に誤りはなく、具体的構成態様の相違点に係る差異は、原告が強調する各機能の差異及びそれが看者に与える美感の差異を十分に考慮しても、なお、両意匠の骨格たる基本的構成態様が共通して看者に与える印象を左右して、全体として別異の美感を与える程のものとは認められない。

したがって、審決が両意匠は全体として類似すると判断したことに誤りはない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条の規定を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙1 本願の意匠

意匠に係る物品 建物用窓シャッターのガイドレール下地枠材

〈省略〉

別紙2 引用の意匠

意匠に係る物品 窓シヤツターの取付装置

〈省略〉

別紙3

〈省略〉

別紙4

〈省略〉

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